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高知地方裁判所 昭和29年(ワ)326号 判決

原告 前田長寿

被告 国

主文

被告は原告に対し、十四万九千六百円及びこれに対する昭和二十九年六月十七日以降右完済迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金二十五万円並びに訴状送達の翌日より完済迄年五分の遅延損害金を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

(一)  訴外有限会社阿土林産は、訴外宇井忠康に対する高知地方裁判所昭和二六年(ワ)第四六号返還金請求事件の執行力ある判決正本に基き、別紙目録記載の農地に付、同裁判所に対し、強制競売の申立をなし、同裁判所は、昭和二十七年四月二十四日、右競売手続の開始決定をなし、同月二十六日その旨の登記がなされた。

(二)  原告は、右農地の競落をなす為、昭和二十八年四月三日美良布町農業委員会を経由し、高知県知事に対し、右農地の競落適格証明申請書を提出し、同知事は、同日これを受理し、右農業委員会を経由して、同月九日、原告に対し、右競落適格証明書を交付した。

(三)  原告は、同年五月十八日の右農地の競売期日に於て、競売価額二万五千円を以て、右農地の最高価競買人となつたので、同年六月六日美良布町農業委員会に、右競売調書謄本を添えて右農地の原告への所有権移転許可申請書を提出し、高知県知事への進達を求めた。

(四)  ところが、高知県知事と右農業委員会とは、相連絡して、右農業委員会から高知県知事への右進達を遅延せしめ、その為原告は、高知県知事の右所有権移転の許可を得られなかつたので、高知地方裁判所に対し、右許可の遅延を理由として、競落期日の延期を求め、同裁判所は、原告の延期申請によつて、数回競落期日を延期したが、その間に、高知県知事は、原告に対する右農地の所有権移転の許可をしなかつたので、同裁判所は、遂に、同年九月七日、高知県知事の右許可のないことを理由として、原告の右農地競落を許さない旨の所謂競落不許可決定をなし、同年九月十四日、右決定は確定した。

(五)  ところで、農地についての所有権移転その他農地法第三条所定の権利の設定移転に付、当事者から許可申請のあつた場合には、農業委員会は、遅滞なく、右申請書を都道府県知事に進達する義務があり、而して都道府県知事は、同法に於て許可すべきでないと規定されている条項に該当しない限りは、当該申請にかゝる権利の設定移転に対して許可を与える義務がある。特に農地に対する強制執行もしくは抵当権実行による競売手続に於ては、あらかじめ都道府県知事の発する競落適格証明書を有する者のみに競落を許すこととし、而して、競落人が競売調書の謄本を添付して所有権移転許可の申請をすれば、知事は速かに許可を与えねばならない旨の最高裁判所事務局及び農林省農地局長の通達が本件競売手続開始前に都道府県知事宛になされているところ、右農地局長の通達は国家公務員法第九十八条第一項の上司の職務命令に該当するから、都道府県知事及び農業委員会は忠実にこれに従わなければならないのである。即ち、競買人は、あらかじめ、都道府県知事から農地の競落適格者としての証明を得ているのであるから、競落適格事項に変更がない限り、農業委員会及び都道府県知事は、遅滞なく許可手続を進め、而して知事は、競落期日迄に競落適格証明書を受けている最高価競買人に対し、競落農地の所有権移転の許可を与える義務あること明白である。

(六)  原告は、高知県知事から、前記の如く競落適格証明書の交付を受けてから後、競落適格事項になんら変更がなかつたのであるから、美良布町農業委員会及び高知県知事は、原告の競落による本件農地の所有権移転の許可申請について遅滞なく許可手続を進め、同知事は右許可を与えるべきであるのに、同農業委員会及び同知事は不注意にも右義務あることを看過し、前記の如く、同知事と同委員会を構成する委員とは、相連絡し合つて、右許可手続を遅延させ、遂に原告の本件農地の所有権取得を不可能ならしめて、原告の高知県知事から右許可を得て、その許可書を提出し競落代金を支払えば右農地の所有権を取得し得べき権利を侵害し、その為原告は、本件農地の前記競落不許可決定確定当時に於ける時価である金二十七万五千円と競落代金二万五千円との差額二十五万円の利益を喪失して同額の損害を受けた。

(七)  そして、美良布町農業委員会及び高知県知事は、国の機関として、農地の所有権移転の許可手続に関与するものであるから、右農業委員会を構成する委員と高知県知事とが前記の如く、過失により、右農業委員会から知事に対する、原告の本件農地の所有権移転許可申請書の進達を遅延させ、又、右知事が競落期日迄に右許可をしないでこれにより原告に前記損害を蒙らせたことに対しては、被告国は、国家賠償法第一条に基き右損害を賠償すべき義務がある。

それで、被告に対し、金二十五万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和二十九年六月十七日以降完済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、

被告の主張に対し、

被告主張の(四)の(イ)の事実中原告が原告主張の(二)の手続をしたことを除き、その余の事実は知らない。

同(ロ)の事実中原告が原告主張の(三)の手続をしたこと及び昭和二十八年七月八日被告主張の通知のあつたことは認める、その余は争う。即ち、

美良布町農業委員会は、原告及びその代理人である内村千町等が強硬に反対し、速かに所有権移転許可申請書を知事に進達されたい旨再三要求しているのに、委員会の意向を無視すれば所有権移転の許可を与えない旨の脅迫的態度を以て長期間利害関係人間の斡旋とを調停とかで右申請書の進達を遷延せしめた。右農業委員会が右のように長期間に亘り調停していることに対しては、原告、代理人である内村千町を通じて、昭和二十七年八月十三日調停の席上で調停を進めることに不賛成である旨を表明し、同月二十九日には、高知県農業委員会に対し、手続上の監督を申請し、又訴外弘田之宏に依頼して許可手続を進める様美良布町農業委員会に厳重抗議して貰つた外自らも許可手続の進渉を要求して来たのであつて、被告主張のように許可申請の速かな処理に積極的でなかつたということはない。

同(ハ)の事実は争う。

被告主張の(六)の事実は否認する、本件競売申立は、示談成立により取り下げられたものではなく、競売申立債権の元利金及び競売手続費用の提供がなされた為、取り下げられたものである。と述べ、

立証として、

甲第一号証乃至第十一号証、甲第十二号証の一、二、三、甲第十三号証の一、二、及び甲第十四号証乃至第十七号証を提出し、証人吉本喜実、藤田、二宮周三、弘田之宏、内村千町(第一、二回)、山口春一、原告本人の各尋問を求め、鑑定の結果を援用し、乙第一号証の五、乙第二号証の二、乙第四号証、乙第五号証の一乃至四、乙第八号証の一、二、及び乙第十五号証の成立は認める、その余の乙号各証の成立は知らない、と述べた。

被告指定代理人等は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、

原告主張の請求原因事実中(一)、(二)(三)事実(但し、(三)の事実中競買価格は二万五千六百円である。)(四)の事実中原告主張の日に競落不許可決定がなされ、且つ、その主張の日に確定したこと、右競落不許可決定確定の日迄に、高知県知事が原告に対し、本件農地の競落による所有権移転の許可を与えなかつたこと、及び(五)の事実中原告主張の通達のなされたことは認める。その余の事実は争う。即ち、

(一)  原告は、農地法第三条第二項各号列挙の不許可条項に適合する事由のない限り知事は必らず、所有権移転の許可をしなければならないと主張するけれども、右規定が「左の各号の一に該当する場合を除き許可しなければならない。」という通常の表現方法を避けて、特に「許可は左の各号の一に該当する場合にはすることができない。」という表現方法を用いていることゝ農地法の立法趣旨から見れば、知事は、右禁止条項に該当しない場合でも農地法第一条の目的に照らし明らかに不当である場合には所有権移転の許可を与えないことができるものと解する。

(二)  原告は、高知県知事が原告に競落適格証明書を交付したことによつて、原告に対し本件農地の所有権移転に付許可を与える義務があると主張するが、次に述べる理由で右主張は失当である。即ち、

農地等の移動統制に関する農地法第三条は、裁判所が、農地等を強制競売もしくは、任意競売する場合に於ても適用され、最高価競買人は、知事の許可を受けなければ競落により当該農地の所有権を取得することができないのである、それで、裁判所の競売により農地を競落しても知事の許可が得られない事態が発生すると競売手続に重大な支障を生ずることになるので、その不都合を避ける為、最高裁判所事務当局は、知事があらかじめ交付する競買適格証明書を有する者にのみ競買を許す取扱を考案し、農林当局も右取扱を相当と認め、競買希望者の申請があれば、知事に於て、競買適格証明書を交付するよう内部的取扱を定めて関係機関に通達した。然し乍ら、右通達は、農地法その他の農地関係法令に根拠を有せず、行政上一般権力関係を規律するものではなく、従つて、知事に於て、競買希望者について審査し、その審査時を基準として当該人については、農地等の所有権取得につき農地法所定の不許可事由等はなく競買適格性があるとして証明書を交付する取扱は、その効果については、なんら法律に定めるところがなく、法律効果を伴わぬものであるから、法の授権のない事実行為に過ぎない。以上述べた如く競買人は、知事の競買適格証明書の交付によつて、競落による農地の所有権移転に付、通常の場合速かに知事の許可を得られるであろうという事実上の利益を得ているに止まり、知事は、競買適格証明書交付に法律上拘束されて、必らず所有権移転の許可を与えなければならない義務があるものではなく、更めて所要の調査を遂げ、農地法に照らしてその許否を決すべきであり、而も、その際競買適格証明書交付の時以後に生じた事情は勿論、交付当時既に存在していて、後に判明した事実をも勘案する等調査の不備を補充して許可申請の許否を決することができるものと考える。

(三)  仮に高知県知事に原告主張のような許可義務があつたとしても、農地の所有権移転許可申請は、農地法施行規則第二条により、地元美良布町農業委員会を経由すべきものであるところ、原告提出にかゝる本件所有権移転許可申請書が右農業委員会から右知事に進達されたのは、昭和二十八年十月二日であるから、本件競落不許可決定のなされた同年九月七日迄に許可すべきものであつたとの原告の主張は知事に不可能を強いるものである。即ち、知事には、原告に右許可を与えなかつたことについて過失はないのである。

(四)  本件所有権移転許可申請書の進達が遅れた理由等は次の通りであつて、それは、高知県知事及び美良布町農業委員会の職務怠慢の為ではない。又進達の遅延したことは右知事及び右委員の過失に基くものではない。即ち、

(イ)  本件農地については、昭和二十八年二月二十日付で、譲渡人宇井忠康譲受人西岡勝盛連名の所有権移転許可申請書が美良布町農業委員会に提出されたので、同委員会は許可相当の意見を附して、これを高知県知事に進達し、同知事は、これについて審査したところ、「譲渡人は、農業を廃業して高知市に転住するものであり、譲受人は、永瀬ダム設置による立退者であり、農地を購入し、美良布町上野尻に永住せんとするものである。」との申請事由は、相当であつて、他に許可を拒否すべき事情はなかつたので、同年三月十八日付で右申請の所有権移転に許可を与え、そして、同月二十四日本件農地に付、右当事者間の売買による所有権移転登記がなされた。而してその後に原告主張の(二)の手続がなされたのであるが、原告の本件農地競買適格証明願審査の為美良布町農業委員会に於ては、直ちに委員会を開催することができなかつたので、便宜の処置として、委員会の議決としては事後承認の手続をとることゝして、会長名にて、原告が適格者である旨の意見を附して高知県知事に進達し、同知事は、書面審査により処理を急ぎ、同月九日付にて原告に競落適格証明書を交付したのである。

(ロ)  その後原告は、その主張の(三)の如く美良布町農業委員会に、本件農地の所有権移転の許可申請書を提出し、高知県知事にその進達を求めたのであるが、右委員会は、本件農地の所有権者は、登記簿上西岡勝盛となつているにも拘らず、右申請書には、所有者を宇井忠康と表示し、記載上不備があり、受理できないとしてその旨昭和二十八年七月八日原告に通如し、一方本件農地に関する事実関係を精査すると、本件農地については、宇井忠康と西岡勝盛の実父萩野勝重との間に於ける高知地方裁判所昭和二六年(ノ)第八六号民事特別調停事件に於て、同年七月十三日右宇井は、直に右萩野に対し、本件農地その他の田畑の所有権移転の為の一切の手続をすること、右農地は、昭和二十六年秋麦作より右萩野が耕作すること等の約定による調停が成立したこと、西岡勝盛が昭和二十六年の秋作から右農地を耕作していること、右調停条項による所有権の移転の為の手続を関係者が怠つている間に原告主張の(一)の手続がなされ、その後になつて、前記の如く西岡勝盛に対して本件農地の所有権移転登記がなされたことが判明した。そこで右委員は、西岡勝盛の立場を考慮し、利害関係人間を斡旋して円満解決を画るべきであると思料し、先ず差押債権者有限会社阿土林産の代表者内村千町の意向を聴取したところ、同会社代表者は不賛成の意を表明した。然し西岡勝盛の切なる示談希望があつたので、右委員会は、昭和二十八年八月十三日、右内村千町、西岡勝盛の参集を求めて示談の斡施をしたが、右内村は遂にこれに応じなかつた。そこで、右委員会に於ては、原告の提出した前記申請書類の不備整備その他参考事項聴取の為、原告に対し、同月十八日、右委員会事務所迄出頭するよう連絡したが原告は出頭せず、同月二十六日原告を代理して、同人の子息が出頭したので同人に対し、委員会としては、原告と西岡勝盛との示談を希望する旨原告に伝達するよう依頼した。その上更に早急に原告の意向を確める為あらかじめ、同年九月二日付で同月五日に原告に在宅を求める旨の書面を発しておいて、同日、右委員会の委員三谷稲重、坂本保の両名が、原告方に赴いたが、原告は不在であつた。

かくて、右委員の示談斡旋は、早急に成功の見込がなくなつたので、昭和二十八年九月十五日美良布町農業委員会は、委員会を開催し、西岡勝盛が永瀬ダム建設の為強制的に立ち退かされ、本件農地の所在する美良布町に居住する者で、昭和二十六年秋作以来本件農地を耕作している専業農家であるに対し、原告は競買適格者であるとは言え前記訴外有限会社阿土林産と従来特別の関係があつて、右会社の依頼により、本件競売の名義上の競買人となつたものであると見られるのみならず、原告に於て、果して本件農地を永く自ら耕作する意図を有していたが疑問である点、耕作上の便、不便に右西岡と重大な差異がある点等農業政策上の見地よりすれば現所有者西岡勝盛の方が耕作者として適当なものと認めたので、原告の前記申請について、知事はこれに許可を与えないことを至当とする旨の意見を附して、昭和二十八年十月二日、原告の右許可申請書を高知県知事に進達した。

(ハ)  以上の如く、原告の本件農地の所有権移転許可申請書が、美良布町農業委員会に提出されたのが昭和二十八年六月六日、高知県知事に進達されたのは同年十月二日であり、その間約四ケ月を経過しているのであるが、時日がこのように経過したのは、右委員会が前述の如き経緯により、利害関係人間の示談による円満解決を斡旋すべく万全の措置を講じた為であつて、右委員会の措置は、委員会本来の任務を逸脱した違法なものというべきではなく、その為、原告の本件申請を審議するに付多少時日を徒過したことにはなつたが、このことが右委員会の職務怠慢とまでは考えられない。又原告に於ても、右委員会の措置に対して、敢えて異議はなかつたのみならず、原告自身、当時に於ては、許可申請書の不備整備の為の委員会の呼出にも応ぜず、許可申請の速かな処理については積極的でなかつた外、競落期日の変更の経緯についても委員会になんら通知をしなかつたのである。

又、右委員会が原告の本件許可申請書を高知県知事に進達する迄の期間は、右委員会の所掌するところで、右知事の関与すべき限りでないのであるが、高知県の係員は、右委員会に対し、右許可申請書の進達を促したことがあるほどで、右進達を遅延させたことはない。

(五)  而して、右(ロ)に述べた不許可相当の事由では、原告が本件農地を耕作するに於ては、農業生産力の低下も予想されるので、不許可事由が絶無とは言えないのみならず、農業政策上の見地からすれば、訴外西岡勝盛が耕作者としては、原告より適当なものと認められるので、仮に、原告の競落不許可決定前に高知県知事が本件許可申請を却下したとしても、必らずしも違法とはならなかつたと考えられる。

(六)  尚、有限会社阿土林産の代表者である訴外内村千町は、示談により昭和二十九年四月十二日本件競売申立を取り下げているところ、右示談の内容は、西岡勝盛が債権者宇井忠康の債務を代位弁済することによつて、円満に解決しているものであり、原告の主張によれば、右訴外人は原告の代理人であるというのであるから、その示談による競売申立の取下には原告も当然承諾をしているものと認めざるを得ない。即ち、本件農地を原告が競落取得し得なかつたのは、前記農業委員会又は知事の責任ではない。

(七)  仮に、原告主張の如く被告に損害賠償義務があるとすれば、原告は、本件農地の昭和二十八年七月二十八日午前九時の競落期日の延期を申請するに際し、昭和二十八年八月三十日迄に高知県知事の許可書の入手ができないことを知り乍ら、同日迄には知事の許可書の交付あるにつき、同月末日迄競落期日を延期されたいとの事実に反する理由を具申し、この為却つて、競落不許可決定の時期を早めたものであるから、この点に於て原告に過失があり、この過失は、被告の支払うべき損害賠償の額を定めるについて斟酌さるべきである。

立証として、乙第一号証の一乃至五、乙第二号証の一、二、乙第三、四号証、乙第五号証の一乃至四、乙第六号証の一、二、三、乙第七号証、乙第八号証の一、二、及び乙第九号証乃至第十五号証を提出し、証人小林享、三谷稲重、萩野勝重の尋問を求め、甲第十五、十六号証の成立は知らない。その余の甲号各証の成立は認める。と述べた。

理由

(一)  原告主張の請求原因(一)、(二)、(三)の事実及び昭和二十八年九月七日に原告主張の競落不許可決定がなされ、その主張の日に確定したこと、並びに美良布町農業委員会が右不許可決定の日迄に原告の本件所有権移転許可申請書を高知県知事に進達しなかつたことは、当事者間に争がない。

(二)  そこで先ず、本件の場合原告への所有権移転が許可さるべきであつたかどうかについて考える。

(イ)  農地法第三条は、農村に於ける封建性の打破と農業生産力の増進の為に、所謂農地改革によつて、創設された自作農を維持するという農業政策上の要請を達する為本来自由であるべき農地等の所有権移転に一定の制限を加えているものであるから、都道府県知事が同条の許可を与えるかどうかは、所謂自由才量には属さないのであつて、都道府県知事は、当該農地の所有権移転につき、同条第二項各号に掲げる事由及びこれに準ずる事由のない限り許可を与えるべき義務があるものと解さなければならない。

(ロ)  ところで、成立に争のない乙第一号証の五及び原告本人の供述によれば、右許可申請当時原告の耕作していた農地は、自作地、田七反五畝歩、畑八畝歩、小作地一反歩であり、世帯員は、妻春喜四十才長男賢一二十二才次男長司十七才であつて、労働力にはことかゝない上、農耕用に供する牛一頭、三馬力モートル一台、脱穀機一台等農業に必要な道具一切を有する外自動三輪車一台をも所有していたことが認められ、又本件農地の反別は、当事者間に争ないところその合計が一反二十五歩であることは計算上明らかである。(従つて、従来より原告が耕作している農地と本件農地との合計は、三反歩以上一町九反歩以下である。)

次に本件競売の債務者(所有者)が訴外宇井忠康であることは当事者間に争のないところであるが成立に争のない乙第五号証の一乃至四、証人萩野勝重の供述によると本件農地の当時の耕作者は訴外西岡勝盛であつた。然し、同人は右宇井から小作しているのではなく昭和二十八年三月二十四日即ち本件競売開始決定の登記のされた後に、同月十八日付売買を原因とする所有権取得登記を経て、自作しているものであることが認められる。

(ハ)  被告は、本件農地は原告方とは一里半も離れており耕作に不便であるから、原告が、本件農地を耕作するに於ては、農業生産力の低下が予想されると主張するけれども、原告方の家族構成、所有農耕用具等は前認定の通りであるし、特に原告本人の供述によれば、原告は現に住居から一里位離れたケ所にある田を耕作しており、本件農地もその所有の自動三輪車を活用することにより容易に耕作し得ることが認められる。

尚証人萩野勝重、三谷稲重原告本人の各供述によると、本件農地の中、田は水の便が悪く、耕作者は朝夕田の見廻りをしなければならないが、原告は、その事情を熟知した上、前記のように自動三輪車を使用すれば、耕作が可能であるとし、特に将来は本件農地の所在地附近に家を建て他にも農地を購入して次男を分家させ次男をして本件農地等を耕作せしめる計画であつたことが認められるから右水利の便の悪いことを考慮してもなおそれが為に農業生産力が低下することが明らかである場合、又はこれに準ずる場合に当るとは言えない。

(ニ)  又、被告は農業政策上の見地から、本件農地の耕作者としては原告より訴外西岡勝盛の方が適当であると主張するけれども、仮にその事実があつたとしても都道府県知事は所有権を取得しようとする者について、農地法第三条第二項各号に掲げる事由及びこれに準ずる事由があるかどうかをのみ斟酌して許否を決すべきであつて、他に耕作者としてより相当な者があるかどうかを考慮すべきでないことは論をまたない。(蓋、然らざれば、農地法の要請する自作農の維持という目的達成に必要な度を越えて、本来自由であるべき契約の相手方選択を不法に制限する結果となるからである。)

(ホ)  尚、被告が主張するように、原告及びその世帯員が本件農地を永く自ら耕作する意図を有していたかどうかを疑い得る証拠はない。そうすると、原告には、本件農地を取得するについて、農地法第三条第二項各号の不許可事由及びこれに準ずるような事由はないことになるので、原告の本件所有権移転は許可さるべきであつたといわなければならない。

(三)  次に美良布町農業委員会が原告の本件許可申請書の進達を過失により遅延させたかどうかについて判断する。

(イ)  まづ同農業委員会の進達義務の有無について考えるに農地法施行規則第二条によれば、農地法第三条第一項の所有権移転の許可を受けようとする者は、一定の事項(農地法施行規則第二条第一項各号)を記載した許可申請書を市町村農業委員会を経由して知事に提出すべく、而して、申請書を受理した市町村農業委員会は、これに、意見書を付して知事に進達すべきことになつている(同条第三項)のであつて市町村農業委員会に進達義務のあることは明らかである。

而して、進達すべき時期については法文に規定がないので一般的には結局申請人側の希望、事実調査の難易その他の事情から当該申請について通常必要な期間即ち受理後相当な期間内に進達すべきであろうと考えられる。

ところで、農地の競売については、本件競売申立以前より被告主張の(二)の如き事由により、許可手続と競売手続の調和を図るため成立に争のない甲第二、三号証のとおりの通達に則り競売手続を実施していることは当裁判所に顕著な事実である。従つて、前記法条の趣旨と競売手続の特殊性に鑑み特別な行政取扱例を定めた通達の趣旨に照らし、市町村農業委員会並びに知事はそれぞれ許可申請書の進達、許可決定をなすに当つては、競売手続に支障を来し、関係者の利益を害することのないよう速かに進達、決定をなすべき義務があるといわねばならない。該通達が競買人として競売手続に参加するに際し、あらかじめ競買適格証明(競落適格証明)を得ることを要求しているのも後日の許可手続における調査とも関連し、許可の遅延による不当な結果を避けんとする趣旨に外ならない。そして、成立に争のない甲第一号証によれば、高知県農地部長は、昭和二十六年二月県下の農地委員会宛に、高知県に於ても甲第二号証の農林省農地局長の通達に沿つて処理することになつたから了知されない旨の文書を発していることが認められる。

以上のように右農業委員会は原告の本件許可申請書を速かに高知県知事に進達すべき義務があつたといわなければならない。

尤も、申請人に競落適格証明書を交付してあつても知事はそれに拘束されることなく、後に判明した既存の事情及び新たな事情を斟酌して更めて許否を決し得べきことは被告主張の通りである。然し、その為多少事実調査に日時を要するとしても、前説示の趣旨に従い市町村農業委員会は、特段の事情のない限り、知事に於て競落期日迄に許否を決し得べき余裕をおいて進達すべきものといわねばならない。

(ロ)  本件許可申請書が美良布町農業委員会から知事に進達されたのは、原告の申請書提出後実に約四ケ月後なる昭和二十八年十月二日であることは成立に争のない乙第一号証の五により認められるところである。被告は、同日迄許可申請書の進達をしなかつたのは、(四)の(イ)(ロ)の通りの事情によるものであるから、右進達遅延について右農業委員会に過失はないと主張するけれども、本件の場合速かに進達すべき義務のあつたことは前記の通りであり、農業委員会は、農業委員会等に関する法律第六条第二項第一号により農地等の利用関係につき斡旋等の権限があるが、その性質上、殊に前記被告主張(四)の(イ)(ロ)のような事情の下においては、競買人である原告及び競売申立人の承諾がない限り、調停するとしてもこれが為競落期日にかゝわりなく、慢然進達を遅延させることは許されないといわねばならない。

ところで、証人内村千町の第一回供述によると、同人は原告の代理として、本件許可申請書を美良布町農業委員会へ提出した際、期限があることだからそれに間に合うようにしてくれと依頼していることが認められるし、競売申立人は、右農業委員会が所謂調停をすゝめることには不賛成であつたことは当事者間に争のないところであり、又証人内村千町の第一、二回供述証人弘田之宏、三谷稲重、原告本人の各供述及び証人内村千町の第一回供述により真正に成立したことの認められる甲第十六号証を綜合すると、原告も右農業委員の措置に承諾を与えていないことが認められるのである。右認定に反する証人小林享、吉本喜実の各供述は、原告本人及び証人三谷稲重の各供述に照らして信用できない。

又、証人小林享、三谷稲重の供述によれば当時の美良布町農業委員会の書記と右農業委員会の委員の一人である三谷稲重は前記通達がなされていることを知らなかつたことが認められるし、裏面に捺印された「前田」の印影を除いて成立に争のない甲第十四号証によれば、右農業委員会は、昭和二十八年六月六日に提出された本件許可申請書について、同年七月八日になつて始めて、それを受理できない旨を原告宛に通知していることが認められる。しかして市村農業委員会の委員は、農業委員会等に関する法律によつて明らかな通り、市町村長の選任又は一定の資格を有する選挙人による選挙によつてその職に就き同法第六条所定の国の事務等を掌理する市町村農業委員会の構成員となるのであるから、前説示の理由によつて原告の本件許可申請書は遅滞なく進達すべきものであつて、たとえ利害関係人間の調停を相当と認めてもその為に進達を遅延させることはできないものであることは職務上当然知つていなければならないところである。

以上の事実を綜合すると、右農業委員会が右のように進達を遅延させたことは、その構成員たる農業委員会委員の過失に基くものといわざるを得ない。

(四)  当事者間に争のない原告主張の請求原因(一)、(二)、(三)の事実(競買価額の点を除く)によれば、原告は、本件競落による所有権移転につき、高知県知事の許可を受け、その許可書を競売裁判所に提出して代金を支払えば、本件農地の所有権を取得し得べき権利を有していたものであり、且つ、前認定の通り美良布町農業委員会の進達遅延がなかつたならば、右許可を受け得べき筈であつたところ、右農業委員会の委員等は、前記の通り過失により違法に進達を遅延せしめ、よつて原告の右権利を侵害したものである。そして、その為原告は後記の如き損害を蒙つたのであるが、市町村農業委員会の委員は、前記認定の通りの農業委員会等に関する法律に基く非常勤公務員であり国家賠償法第一条に所謂国の公権力の行使に当る公務員であつて、右損害はその職務を行うについて原告に加えられたものであるから、被告は同条の規定によつてその損害を賠償すべき義務がある。

(五)  尚、被告主張の(六)の事実は、仮に存在したとしても、農業委員会委員等の右不法行為によつて、被告に本件損害賠償義務が発生した後の事情に過ぎず、もとより、右一旦発生した義務を消滅させるに足る事由でもない。

(六)  そこで、右損害賠償の額について考えるに、

(イ)  原告は、結局右競買価額と本件農地の当時の時価との差額に相当する損害を蒙つたと見るのが相当である。

ところで、成立に争のない甲第一号証の五中の競売調書によれば、右競買価額は二万五千六百円であることが明らかである。

又、本件農地の当時の時価が何程であつたかについては、成立に争のない乙第十五号証(評価書)によれば、合計三万千六百円と評価されており、証人三谷稲重は、反当二十万乃至二十五万円(本件農地の合計反別は前述の通り一反二十五歩である。)であると供述し、証人内村千町(第一回)は坪九百円位(即ち反当二十七万円)と供述し、鑑定の結果によれば本件農地の中、田は反当十八万円、畑は反当九万円であつて合計十七万五千二百円となつている。

以上の中、乙第十五号証の評価と証人両名の述べるところは、いずれも両極端をいうものであるから、結局本件農地の当時の時価は鑑定の結果通りであると認めるのが相当である。よつて、原告の蒙つた損害は右両者の差額である十四万九千六百円である。

(ロ)  次に被告主張の(七)(過失相殺の主張)について考えるに、競落期日は競売裁判所が定めるものであり、又競落期日を延期するかどうかも競売裁判所の専権に属し、競落人には、競落期日延期の申立権はないのみならず、競落期日は原則として競売期日より七日を過ぎることを得ないことは前記の通りであるから、競売裁判所は競落期日迄に許可書の提出のないときは、たとえ競落人から延期申請が提出されていても期日を延期せずして競落不許可決定をすることもできるし、延期するとしても申請人の希望する期間だけ延期するとは限らないのである。

それで、仮に原告が被告主張の(七)のような延期申請書を提出した事実があつたとしても、その為に競落不許可決定を早めたことにはならない。(特に成立に争のない甲第四号証乃至第七号証によれば、本件に於ては、右延期申請に先立ち既に二回に亘り約二ケ月間競落期日を延期していることが認められるので、仮に原告が被告主張のような文言の申請書を提出しなかつたとしても、早急に許可書を提出しない限り、遠からず不許可になつたであろうと考えられる。)それ故被告の過失相殺の主張は採用できない。

(七)そうすると知事の過失の有無等につき判断するまでもなく、原告の請求中、被告に対し、十四万九千六百円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上暦数上明らかな昭和二十九年六月十七日以降右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は相当であるがその余は失当として棄却さるべきであること明らかである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条仮執行の宣言について、同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 合田得太郎 北後陽三 篠清)

目録

香美郡美良布町上野尻字ワサダ

千六百五拾四・千六百五拾六番

一、田 弐畝弐拾壱歩

同所 字 同

千六百五拾五番

一、田 弐拾八歩

同所 字 府中

弐百五拾七・弐百五拾八番合番

一、畑 弐畝六歩

同所 字 ワサダ

千六百五拾七番

一、田 五畝歩

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